【太陽の子】映画とドラマの違いは修の視点?作りたいのは兵器じゃない!

 

2020年夏に放送されたドラマ『太陽の子』の映画版が、いよいよ今年の夏に公開されることになりました!

主要キャストはドラマと同じですが、内容はどうなのでしょうか?

映画とドラマの違いを探ります(^^)

 

太陽の子について

2020年8月15日にNHKで放送されたドラマ『太陽の子』は、終戦75年目の節目に当たる年であること、国際共同制作で、国内外からスタッフが多数参加していることなど、多くの話題で注目されました。

 

脚本を手掛けたのは、今回の映画も監督を務めるNHKの演出家・黒崎博さん(^^)

今から10年ほど前、広島を訪れた際に、図書館でふと目にした「広島県史」に収録されていた、京都大学で原子物理学を専攻する若き科学者の日記に心を揺さぶられ、「この若者たちの物語を形にしたい」と、思い立ったのです!

 

原作はありませんが、実話に基づくフィクションとして、『神の火』として執筆されたシナリオは、その後『太陽の子』と改題され、昨年のドラマ化、そして映画化に至りました(^^)

 

モデルとなったのは、京都帝国大学(現・京都大学)理学部の荒勝文策教授の研究室が、日本海軍より依頼を受けて開発していた原子爆弾開発「F号研究」

しかし、1945(昭和20)年8月6日に、アメリカ軍によって、広島に原爆が投下された後、GHQの指示により、サイクロトロンは解体され、ノートや資料も接収されることにより、日本の原子物理学の研究は大幅に遅れることになりました・・・

科学を愛し、科学に情熱を注ぐ若者たちの、学問に対する憧れと、兵器として転用されることへの葛藤、今も昔も本質は変わらない、若者たちの青春を描いた作品です(^-^)

 

 

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太陽の子【映画】ドラマとの違いについて

 

映画版については、「ドラマ版とは異なる視点と結末が加わり、完結する」と説明されています!

主な登場人物やストーリーは、ドラマ版にほぼ準ずるようです(^-^)

 

注目すべきは異なる視点と結末 ですね!

 

ドラマの中心は、原子爆弾を懸命に作る修でした!

この若者たちのストーリーを描こうと始まったシナリオ作りなので、その視点が変わるのは想像がつきません(>_<)

 

ドラマのラストでは、修が「原爆の投下を見てみたい」と、比叡山に登っていますが、実際にこのセリフを口にしたのは、荒勝教授。

しかも、「比叡山の頂上に観測所を作り、写真や計器を使って、あらゆる角度から徹底的に観測してやろう」とやる気満々だったんだとか(>_<)

その前に学生に説いた言葉といい、この教授はなかなかですね~

 

そこで映画版では、修は自分達が行っている研究に疑問を抱き、むしろ研究を中止するように教授に投げかけていくのではないでしょうか?

本当に作りたいのは、兵器ではなくエネルギーだと!

 

ドラマでは、終戦後の修や世津の動向は語られませんでした・・・

それどころか、ラストシーンでは「戦争が終わった後の今は幸せですか?」と言う説のナレーションと現代の原爆ドームに修の姿(・_・)

このシーンをどう理解すれば良いのか、ネットでも話題になりました!

多くの課題を視聴者に投げかけて幕を閉じました・・

 

映画では比叡山に登った修はその後どうしたのか?世津は教師になることが出来たのか?

この答を出してくれて完結して欲しいと思います(^-^)

 

【ドラマ】太陽の子のあらすじ

 

ドラマの大まかな内容ですが、ネタバレが含まれますので、未視聴の方はご注意ください。

 

柳楽優弥さん演じる主人公・石村修は、京都帝国大学で原子物理学を学び、研究する学生です。

舞台は、太平洋戦争末期。

修が所属する、物理学研究室に、海軍から新型爆弾の開発の命令が下ります!

 

荒勝文策教授は「人間が核分裂のエネルギーを手にしたら、エネルギー問題は無くなり戦争はなくなる。科学者には世界を変える力がある」と説き、原子核爆弾の研究が始まりました(>_<)

 

都合よく解釈するとこうなるのでしょうか?でも原子力エネルギーが活用されていることも事実です・・・

 

しかし、研究は思うように運ばず、取り組む学生たちも、次第に、自分達が作っているのは、エネルギーではなく、爆弾=兵器ではないのか?自分達のしていることは正しいことなのか?と、悩み、葛藤し始めます。

そんな中でも、修は、実験に没頭するのです(@_@)

 

修は、母親と、建物疎開で家を失った幼馴染みの世津(有村架純さん)とその祖父の4人で暮らしています。

そこへ、戦地へ赴いていた弟の裕之(三浦春馬さん)が、肺の療養のため一時帰宅しました。

再会を喜び、海へ行き楽しむ3人(^^)

ところが、裕之は、再び戦地へ戻る怖さと、逃げられない状況に押しつぶされ、入水自殺を図ろうとします・・・

 

修と世津に助けられた裕之!

3人はその夜、戦争が終わった後の未来の話をします(^^)

翌日、裕之は再び戦地へと向かうのです。

この3人にシーンは本当に泣けます(T_T)

研究が進まないまま、広島に原爆が投下されました。

調査のために現地に向かった修たちは、自分達が作ろうとしていたのはこれなのか?と衝撃を受けるのです(+_+)

 

裕之から特攻隊を志願し、帰還することはないと手紙が届きます・・・

修は、京都にも原爆が投下されるかもしれないと聞き、その様子を見るため比叡山に登るのでした。

 

まとめ

 

2021年夏に公開の映画『太陽の子』は、2020年に放送されたドラマ版とは違った視点で描かれ、異なった結末を迎えます。

 

原子爆弾の被害国でありながらも、加害国に成り得た事実、そこに向かって研究に没頭していた若者たちがいた事実、そして、原子力エネルギーに依存しなければならなかった日本の現実、自然災害によってもたらされた原子力の脅威!

映画を通して、私達が考えるべきことはなんなのかが見えてくるかもしれませんね(^^)

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