【キングダム5期】かんきは実在する?モデルや最後についても

漫画『キングダム』は、史実を元にした、原泰久先生のオリジナルストーリーです。

登場人物も、実在していたり、創作だったりと様々です。

そこで、アニメ5期のメインとなりそうな桓騎将軍は、実在していたのか?モデルとなった武将がいるのか?などについてまとめました(^^)

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【キングダム5期】桓騎将軍のモデルは?

 

中国戦国時代、秦国に“桓齮”(かんき)という将軍は実在しました。

贏政に仕えて、秦の天下統一に貢献していると言われているので、『キングダム』の桓騎将軍のモデルは、この桓齮であると考えていいでしょう(^^)

『キングダム』の桓騎将軍は謎が多く、何であんなに強いのか、家族がいるのか、そもそもどこから来たのか、雷土ら幹部でさえ知らないと言われています。

史実にも、桓齮の人柄などについての記載はなく、モデルはいるとはいえ、あの残忍な性格や元野盗だったことは、オリジナルであると考えられます(^^)

 

史実の桓齮は、紀元前237年(始皇帝10年)に将軍になっています!

その前の、嫪毐の反乱の際に大きな功績を上げたことによるよう。

『キングダム』でも描かれている、斉王と李牧が咸陽に来朝した年です(^-^)

 

この時点で、桓騎は既に将軍になっていて、嫪毐の反乱で活躍したような描写はありません!

むしろそれ以前の、山陽戦や合従軍との戦いで、クローズアップされています(^^)

桓騎がどんな人物で、どんな戦い方をするのかを徐々に描き、黒羊丘の戦いや平陽攻めへと繋げていったのではないかと考えます!

あんな強烈な戦い方をいきなり出されたら、読者も引いちゃいますからね・・・

『キングダム』において、中華統一の足掛かりとなったのは、黒羊丘の戦いですが、史実にはこの戦いは存在しません(>_<)

黒羊丘のような、密林の中に丘が点在するような場所もありません。

この後に描かれている秦魏同盟に関しても、同盟そのものは結ばれているものの、楚・什虎城の戦いがあったかどうかは不明です。

これらの戦いは、六大将軍復活と言う大イベントに向けて、原先生がストーリーを作り上げたと考えられます(^^)

 

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【キングダム5期】平陽攻めと扈輒討ちは事実だった?

 

『キングダム』で描かれている通り、桓齮は、王翦総大将の下、楊端和と共に副将として、鄴攻めを行います。

9つの城を取った後に、鄴を陥落させています(^^)

『キングダム』では、一度咸陽に集められ、六大将軍に任命されている桓騎や王翦ですが、史実ではそのまま趙都・邯鄲の喉元にある、“武城”と“平陽”の侵略を開始しています。

 

桓騎軍は、苦戦を強いられながらも、最悪の地形と言われる“影丘”を攻略し、全体の指揮を執る、趙軍総司令・扈輒(こちょう)大将軍の本陣を目指します(^.^)

この“影丘”の戦いに関しての史実はないようなので、飛信隊や玉鳳隊の活躍を演出したオリジナルでしょう!

しかも、これまでの桓騎軍の戦いを思うと容易に納得できる戦術で、桓騎は本陣に到達し、扈輒の首を取ることに成功します(@_@)

 

史実では、武遂と言う地で扈輒を討ち、10万もの趙兵の首を切ったと書かれているのみ。

もちろん、具体的な方法などの記載はありません。

雷土への拷問や桓騎兵の脱走など、全てオリジナルですし、投降した趙兵を斬首する形で史実を再現したと思われます(>_<)

 

趙国の英雄と言えば、言わずと知れた“李牧”ですが、鄴陥落の咎により、投獄されていました。

趙国内は乱れに乱れていました(>_<)

『キングダム』では、悼襄王がかなりひどい王として描かれていましたが、史実ではそのような記載はないようです。

また李牧は、この頃はまだ匈奴の守備に当たっていたので、ここまでは参戦していません!

悼襄王が亡くなった後に、王位を継承した幽繆王によって、北方より呼び戻され大将軍に命ぜられています(^^)

ここでの桓齮VS李牧の戦いが、今後の『キングダム』にも反映され、2人の運命が決まってくのですね~

【キングダム5期】史実における桓騎の最後は?

 

平陽攻めで趙兵を斬首したことを、贏政に咎められるも、桓騎軍幹部・魔論の説明と、扈輒軍撃破の功で、桓騎は首を刎ねられずに済みました(^^)

そして、ここから、趙都・邯鄲攻略へ向けての戦いが続いていくわけです!

2021年11月時点では、この先の桓騎について、まだ描かれていません。

そこで桓騎のモデルと思われる“桓齮”が、この後どうなったのかを史実を元にまとめます!

 

桓齮の最後については、いくつかの史実が残されています(^.^)

 

前漢の学者・劉向の著書「戦国策」によると、桓齮は、勢いに乗り北方に進軍させ、宜安で李牧軍と対峙し、大敗。

この時に、李牧によって討たれたと書かれています(>_<)

 

そして、「史記」の廉頗藺相如列伝では、同じく李牧軍と対峙し大敗した後、敗走したと記されています。

また中国の歴史家・楊寛の著書「戦国史」では、敗戦による処罰を恐れ、燕に亡命し、樊於期と名を改めたと書かれています(@_@)

樊於期は贏政の怒りを買い、その首には多額の懸賞金が掛けられました!

結局、最後は自ら命を絶っています!

『キングダム』では、樊於期は、別の人物として既に登場していますが、今後の桓騎将軍がどう描かれるかがとても楽しみです(^^)

 

まとめ

 

残虐非道と言われる桓騎将軍のモデルと思われる人物は、秦の天下統一に貢献した「桓齮」と思われます。

『キングダム』の桓騎のような人物であったかはわかりませんが、将軍としてたくさんの武功を上げてきたことは間違いないでしょう。

今もなお、謎多き桓騎の今後が、どう描かれるのか注目したいと思います(^^)

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