キングダムの王賁【おうほん】歴史の史実に実在する?最期や強さについても

 

信のライバルである王賁(おうほん)!

猪突猛進の信やお気楽蒙恬とは全く違い、堅物であり、どこかお高いイメージがあります(^^)

王賁は実在する人物だったのでしょうか?

戦ではどんな活躍をしたのか?

そして王賁の最期は?

 

気になることをまとめましたよー!!

 

キングダムの王賁【おうほん】は実在する人物?

 

王賁は、中国の春秋戦国時代の戦国時代の方に実在した人物です。

生没年は不詳。

年齢の明記もありませんが、『キングダム』で描かれているように、信や政と同世代であったと思われます。

父親の王翦も実在します。

むしろ戦国時代においては、王翦将軍の方が有名(*^^*)

王賁は、“王翦の子”と表現されることの方が多いです。

 

王家は名門!

王翦も王賁もエリートでした。

その辺は『キングダム』で忠実に表現されていますね(^.^)

 

王賁が初めて史実に登場するのは、紀元前226年!

父王翦と共に、燕を攻め、首都薊を制圧します。

これによって燕王喜は、遼東に逃亡しました(>_<)

 

2020年6月現時点で『キングダム』原作漫画で描かれているのは、紀元前236年趙国の鄴を攻略する「鄴攻め」と言われるシーンです。

秦軍大将は、王翦!

王賁ももちろん参戦し活躍するも、途中で趙の武将尭雲(ぎょううん)に討たれ重傷に(>_<)

しかし満身創痍で復帰した王賁は、尭雲を討ち取ります。

史実にこそ、その名は刻まれていませんが、大将は父・王翦ですし、年齢も24歳位と想定されるので、既にこの頃には多くの武功をあげていたのではないでしょうか??

 

キングダムの史実に見る王賁【オウホン】の活躍について

 

『キングダム』ではまだ描かれていない、王翦と燕を陥落させた以降の王賁の活躍について紹介しようと思います。

 

この頃の中国の歴史は、ほぼ司馬遷の『史記』によって紐解かれています(^^)

燕を攻めた翌年、紀元前225年

王賁は魏の国都・大梁を攻めます。

城壁が強固であったため、黄河から水を引き水攻めと言う大胆な作戦で城を包囲。

当時残っていた楚も斉も援軍を送る気配はなく、魏王は降伏しここに魏が滅亡したのです!

 

紀元前222年。

遼東に逃げていた燕王喜を捕らえ、降伏させます。

また趙滅亡後、王族が逃れて樹立した政権・代(だい)も攻め、代王嘉を捕らえます!

こうして、王賁の活躍により、燕と代は滅びたのです(^^)

 

そして、最後まで残っていたのは斉国!

これまで他国が滅びる様子を傍観し、戦争をしてきませんでした(>_<)

いよいよ秦国が斉を攻めるとなった時、秦との国境に将軍を集めましたが、王賁は李信也蒙恬と共に燕の旧領地から南下し、国都・臨淄(りんし)を攻めたのです!

斉は無抵抗で降伏し、これにより秦国は中華統一を果たすことになるのです!!

既に『キングダム』で描かれている時点で、かなりの活躍ぶりの王賁ですが、その後の戦いでもいかに凄いのかが見て取れます!!

特に魏を倒した際の水攻めは、当時でももちろんかなり大胆な策のようで、その作戦を考え付く軍略力ややってのける実行力は、まさに『キングダム』で描かれている王賁そのものですね~(^^)/

 

家柄も良くて力も兼ね備えている王賁ですが、実際もやはり努力家だったよう。

たぶん最初は、堅物で信のような下僕出身者を見下しているようなところもあった王賁ですが、数々の戦いを乗り越えて心身共に成長し、最後は信や蒙恬と力を合わせ中華統一に貢献したのです。

今後『キングダム』で、どんな王賁が見られるのか楽しみですね!

 

キングダム王賁【オウホン】の最期は?子孫はいる?

 

魏・燕・代・斉の4つの国の滅亡に貢献した王賁は紀元前219年通武候という官職に任命されます(^-^)

この時41歳ではないかと考えられます!

始皇帝からも高く評価されていて、東方巡行に随行しています。

でもそれ以降、『史記』などに王賁についての記載がありません(>_<)

これほどの武功をたてた人の最期などが全くわからないのです。

 

ただ、父・王翦についての項で、秦の二世皇帝の時には、既に王翦と王賁は亡くなっていたと書かれています。

蒙恬は、二世皇帝によって自害させられていますが、そのような記載ではないので、まだ始皇帝が存命の頃に病死した可能性が高いです。

 

実は、4つもの国を滅亡へ追いやった王賁ですので、かなり恨まれていたのではないか?と言う説もあるのです!

特に楚は、王翦・王賁にかなり憎しみをいだいていました・・・

 

王賁の息子である王離(おうり)もまた、活躍が認められ、父とともに武城候の職に任命されます。

その後紀元前208年、二世皇帝の代で反乱が起きた際に反乱軍が立てこもる鉅鹿(きょろく)城を包囲し、あと少しで陥落というところで楚の項羽の策にはまり、捉えられてしまいます(>_<)

そして、その後の消息が不明なんです!

楚国の恨みつらみを考えると、王離が生き延びたとは考えづらい・・・。

秦にとっては、大手柄の王翦や王賁の武功ですが、後に王離を苦しめることになるとは悲しいことですね(T_T)

 

王離には二人の息子がいましたが、蒙家のように一族が滅びることはなかったので、現在の王氏の祖となったと伝えられています!

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2020年6月3日

 

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まとめ

 

史実を元に、王賁の活躍ぶりやその生涯についてまとめました。

子孫がいると言うことは結婚をしているのですが、『キングダム』に登場する誰かと結ばれるのでしょうか?

気になってしまいました~

名家のお嬢様の中に、いいなずけがいそうですが(*^^*)

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